レポート1:大手企業のITコストダウン事例
リーマンショック以来、ITコストの削減は、情報システム部門の重要課題となっています。アクト・コンサルティングでは、毎年継続的に、大手企業のITコスト削減事例を調査しています。以下には、本調査から得られた大きな切り口を示しています。本調査レポートの完全版は、ソフトバンクのWeb雑誌からご購入いただけます。
1.開発、更新方法の見直し
システムの開発や更新には、実は多様な方法があります。それを知って、プロジェクトに最適な、コストミニマムな方法を選び、本方法の採択を関係者の間で握れば、大きなコスト削減が可能です。
例えばERPの導入において、カスタマイズを最小化する方針をトップと握り、カスタマイズ要求がある場合、その定量的な費用対効果や、カスタマイズしないで業務変更で対応する方法などのオプションを必ず提示するルールを作り、それらを厳格にレビューする体制を整え、本方針を維持すれば、カスタマイズを削減できます。あるいは、ERPの教育を、ユーザー部門に徹底的に行い、ユーザーにはERPをそのまま使うための業務改革方法を考えさせれば、フィットギャップが不要になります。
もちろんこれらをユーザー部門と合意するには、事前に準備が必要です。昨今のERP導入の目的は、グローバルな業務プロセスとシステムの統合による、(M&Aなどによる)経営構造変化への迅速な対応など、全体最適なものが多いと思います。このような目的をしっかりと共有した上で、先行事例を調べ、カスタマイズに統制をかけなかった場合の失敗、うまく統制をかけた場合の成功事例を経営者やユーザートップに示し、プロジェクト着手前に大方針を握り、これを維持する仕組みをプロジェクト内に作ることが欠かせません。また、ERP機能を熟知して、ユーザー要件にカスタマイズ無しで対応する提案ができる人材を、(最初は外部に求め、そしてその後内部で)育成することも必要です。
ERP以外でも、例えば複数の組織で別々に存在する同様な機能のシステムを統合する場合、どちらかのシステムに片寄せする方針や、それが難しい機能に全体最適の視点で判断するルールと場を準備しておけば、不必要な現状調査や組織間の調整を削減することができます。保守切れ対応やリプラットフォームなどで、コストパフォーマンス向上だけで投資が回収できる場合、特に必要がなければ、ユーザー要件は聞かず、システム部門がオーナーとなる体制で、リバースをかけて既存機能を踏襲する方法があります。
このように、多様に存在する方法を、先行事例から把握し、自社にベストな方法を決め、関係者と事前に握ると共に、プロジェクトの内部に方針を維持する仕組み作っておくことで、大きなコスト削減が期待できます。
2.IT投資マネジメントの強化
ITコストを削減したければ、新規投資や保守を止めればいいのですが、それでは、企業の競争力が低下していきます。業務改革のチャンスを逃すことになります。つまり、ITコスト削減は、自社として投入できるキャッシュの上限を定め、これを用いて生み出せる価値(リターン)を最大化することだと捉えることが得きます。
そのためには、新規開発や保守で、企画時に、効果と実現性を厳しくレビューし、投資をまかなって余りあるリターンが得られることを確認することが必要です。また投資後評価を励行して、効果の乏しいシステムは損金を切って廃棄し、ずるずると維持されることを防ぐことが必要です。
ただし、実効性のあるレビューを行うには、幾つか重要なポイントがあります。一つは、IT予算をシステム部門で握ることです。そうでないと、効果の得られない投資に対して拒否権発動が難しくなります。また、レビューを2回に分け、「すぐに着手しないと間に合わない」ということが理由で、十分に練られていないプロジェクトが着手されることを防がなければなりません。
その上で、ユーザー部門が、どれだけITに投資し、コストをかけ、どのような効果を得ているかを見える化することで、ユーザー部門に投資効果をより真剣に考えさせ、無駄な投資を減らすことができます。さらに、トップダウンにIT投資総額の上限値を明確化し、この予算を、ポートフォリオマネジメント等を用いて、妥当に配分する仕組みを作り上げることで、ITコストを抑えながら効果を最大化することができます。
現在システム部門でIT予算を握っていない企業の場合は、これを事業部から持ってくることは難易度が高いかもしれません。しかし、実現できればコスト削減効果は大きいはずです。ITコスト削減への経営者のアテンションが高い現在は、システム部門として、経営者にITコスト削減をコミットし、その条件として予算をシステム部門で握ることを提案する絶好の機会であると捉えられます。
3.IT調達方法の改革
IT調達方法には、企業によってはまだまだ改革の余地が残っています。
例えば集中購買1つとっても、グローバルグループ全体へと範囲を広げる。同一メーカーの製品にも関わらず、購入時期や担当組織が異なるために異なった契約になっている保守を一括化し、入札で競わせた上で統合するなどの余地です。
価格相場の調査も徹底的に行えば、技術やスキル単位で相場情報を把握でき、妥当な価格の明確化、交渉力強化が達成できます。調達の専門スキル、ノウハウが不足している場合は、コンサルタントを使ってVMO(ベンダー・マネジメント・オフィス)を設立したり、自社調達部門にIT調達を移管するなどして、スキル、ノウハウを獲得することもできます。企業によっては、既存ベンダーのみならず然るべきベンダーを客観的にリストし、競争に参加させるなどの、調達としての当たり前のことが出来ていないこともあります。
また、グローバル化の中で、集中購買して量をまとめるのみならず、契約内容を調査し、より有利な契約に変える余地も残されています。世界中に存在する、同一ベンダーの異なる契約条件を、有利な方へ統一する。ベンダーの日本法人ができないという条件が、同ベンダーの海外での契約で実施されていることを突きとめ適用する。ベンダーの日本法人と本国間がドル建て決済の場合に(相場次第で)保守契約を結び直すだけで保守コストを低減する、といったことが可能です。
4.システムの標準化と統廃合
事業部門間、あるいは関係会社も含めて、類似するシステムを標準化、統合する。また、活用する技術を標準化する方法です。昨今は、グローバルなインフラ統合、ERPと業務プロセスのグローバルな統合を進めている企業も多いでしょう。
標準化と統廃合の範囲が広くなればなるほど、推進は難しくなります。また、アプリケーションの場合、基幹系に比較して情報系の標準化・統合は、数も多く、コストインパクトも基幹系に比較して小さいことが多く、未着手の企業も多いと思われます。
基幹系の場合、今後のM&Aなどの経営構造、組織構造の変化に迅速に対応することを経営トップに訴求し、目指す姿を握った後に、トップダウンで推進する方法があります。標準業務プロセスとシステムの開発では、グローバルグループから、機能ごとに有能な人材を集めて考えさせることで、「彼らが考えたのならば仕方がない」という合意を得ることができます。情報系に関しては、関連するIT人材を1つの組織、一か所に集めることで標準化・統廃合を進める。または、物理的に一か所には集めないが、機能ごとにバーチャル組織を作り、統廃合のKPIを明確化し、統廃合達成を人事評価と結びつけるなどの仕組みで実現する方法があります。
また、標準化、統合以降の維持も重要です。アプリケーションの場合、標準から逸脱する必要がある時に、これを厳格にレビューする制度や、機能ごとに標準を守る責任者(プロセスオーナー)を設置するなどの施策が必要になります。インフラや技術を統合した場合は、プロジェクトごとに決められた技術を使っているかレビューする仕組み、定期的に将来のアーキテクチャーのビジョンとシナリオを構築・改定する仕組みが必要です。
5.安心・安全の水準見直し
保守契約は、リスクの発生確率や影響度とコストを比較評価し、可能なものはサービスレベルを低減し、切れるものは切るという決断で、コストを下げることができます。サービスレベルと現在かかっているコストをユーザーに見えるようにして、コスト見合いでサービスを選ばせることで、ユーザーにもコスト削減に協力してもらいながら、過剰なサービスを削減することも可能です。
このような見直しは、いろいろな所に可能性があります。プロジェクト開発段階では、力量の高いパートナが必要なため、高い単価を払った場合、彼らを運用保守に入ってからも維持すれば安心です。これを、運用保守段階では、必要な力量に見合う価格のパートナに変えることで、コストを下げられます。予備機を準備し、止まったら予備機に切り替える体制を敷いて、保守契約をやめる方法もあります(ネットワーク機器など)。
6.遊休資産のグループ内活用
PCやライセンスなどの資産の内、現在使っていないものを、グローバルグループで共有、活用する方法です。グローバルグループでのライセンスやPCの管理。また、共有する資産(PCなど)のグローバルな標準化。共有活用の担当組織の設置など、事前準備が重要です。海外の場合、ハイスペックのPCが上長のステータスとなっている場合もあり、意識改革がセットで求められることもあります。
7.アウトソーシングの再検討
自社とベンダーの担当している作業に関し、コスト差や重要性を考慮し、内外政策を再検討することで、ITコストを削減できる可能性があります。例えばコンサルティング会社に委託している上流工程を内製化すれば、当該工程のコストを下げるのみならず、自社にとって不必要な仕様や現場にそぐわない仕様を無くし、また技術基盤をそろえ、開発や運用保守費を削減できる可能性があります。
外部に任せている作業の内容や契約方法に関しても、検討の余地があります。例えば、ユーザー部門で開発したシステムの運用保守をシステム部門に取り込み、最適なベンダーに最適な条件で委託しなおす。保守ベンダーやヘルプデスク委託企業各社に、他社委託分を含めて全業務をまとめて任せる提案をさせ、委託先を統合する。
変わったところでは、PCの初期保守期間以降の保守を、自社の工場の設備保守部門で対応している例もあります。
8.システム子会社の運営方法見直し
システム子会社の運営方法を変えることで、コスト削減を進める余地があります。
例えば、システム部門とシステム子会社にそれぞれ独立したトップがおり、互いにけん制力を持っている場合、これが組織の壁を作り、リソース上の過度の余裕や、コミュニケーション効率を落とす原因になっていることがあります。
例えば、ユーザーが要件をきちんと部門内で徹底させていない問題に対して、ユーザー側との折衝がシステム部門の場合、子会社は、この問題に気付いてはいるが真っ向から取り組むことはせず、見積もりで余裕を作ることに腐心するといったことが発生します。このような場合、情報システム部門とシステム子会社トップを兼任させ、一体運営することで、組織の壁や不要な交渉を削減することができます。
また、関係会社のシステム人員をシステム子会社に集約し、人員や固定費を共有し、グループ全体でコストを削減し、またガバナンスを強化するといった方法もあります。
9.情報システム部門のコストマインド醸成
ITコスト削減の活動の中で、情報システム部門の使命を考え直す機会を得た企業があります。
例えばある企業の情報システム部門では、(ITのみならず)全社的なコスト削減活動の中で、既に誰かが気付いていていたITコスト削減策をこの機会に実行に移したり、長年懸案になっていたIT投資マネジメントの高度化に手をつけました。これはつまり、これまで、厳しくコストをマネジメントし、できる限りコストを下げるという風土、コスト意識は弱かったということです。この活動を通じて、現在この企業のシステム部門では、システム部門のミッションに「経営に対して少しでも安く早く貢献する」ことを加えようとしています。
予算が厳しい今だけではなく、常にコスト削減、最適コストを実現するように知恵を使い続けるために、システム部門の文化風土を変え、コストマインドを醸成する余地があります。
以上